2020年7月2日木曜日

ムラサキツユクサ

  令和 2年  7月  2日 木曜日


晴れ時々曇り 最高気温:28℃
散歩:30分 酒:〇 体調:

3時頃御叱呼をもよおして起きる、その後はなかなか寝付かれず、昨日戴いた戒名の事でいろいろ頭の中がおかしくなりますます眠れなくなってとうとう5時半になり仕方なくそこでテレビをつけて見る。
7時頃になってやっと眠くなり寝ることができたが8時には目が覚めてしまい起床、睡眠時間は最低5時間ほど。




明らかに睡眠不足で寝起きの気分はよくはないがとりあえず朝の散歩には出る。
8時の気温は22度で1時間前はせいぜい21度くらい、寝てる時やはり何となく寒かったはずだ。
朝食、コーヒーの後は読書を1時間ほどしてから昨日の続きで物置の整理をする、だいぶん整理できつつあるがまだやればもっと簡潔になるはず。
それでもう12時過ぎで前半の日記付けをする、12時の気温26度。
昼食は冷そうめんと盛り蕎麦、合わせて3人分を多美子と一緒に食べる。
食後多美子のお友達2か所に多美子の手作りの梅食品を届けに行き、ついでに駅前のお醤油屋さんで買い物を済ませて帰る。その後は読書1時間ほどして昼寝をしようと横になるがなぜか眠れなくて5時過ぎてから最後のPC作業に入る。


生前の戒名を思いついたのは島根の芳江おばさんが1年ほど前にそれを戴いたという話を聞いていて何となく自分もその気になってしまった。それまでも生前戒名の話は新聞などで目にして気にはなっていた。しかしながら実際に貰ってそれを見てからすぐに後悔しだした。戒名は実際の自分の生き方と比べると随分きれいごと過ぎるのだ、なんだか恥ずかしくなる。当然のことながら若いころからの自分の生き様が自然に色々と思い出されてただただ情けないという念に責めつけられてしまう。戒名とはやはり亡くなった後に残された人がその人を懐かしく偲ぶために付けられるものだから、どうしても良い言葉が使われてしまうことになる。亡くなった後ならそれはそれで仕方ないが、生前にその様な調子で付けられると信に困ってしまう。和尚さんから最初に見せられた時はなんと晴らしい戒名だと思わず感動したのはつかの間の事だった。


  随筆名言集より

“四季を通じて、雪の森は、その巨体を一番あからさまに見せつけ、太い骨と強靭な筋肉だけになって(うずくま)っていた。これが若しも動物の姿であったら、衰えをこらえるものであろう。しかし森は、そうしてただ理由もなく自分の存在を宣言している。鈍い、重苦しい、森の生命の鼓動がどこかで鳴っている。”
       串田 孫一(1915~2005 詩人、哲学者、随筆家)



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