2020年1月7日火曜日

適当に写真色々

     令和 2年  1月7日 火曜日


宇美八幡のクスノキ

曇り 最高気温:15℃
散歩:30分 酒:〇 体調:△

6時45分起床、睡眠時間は7時間半、寝起きの気分はまずまず。散歩でのランニングは限界というほどではないが今日も500mで止める。 朝食、コーヒーの後はしばらくして茨城の朋子のところへの宅急便をコンビニから送ってからガソリンスタンドへ、灯油とガソリン補給、アメリカがイランに大変なことをしたお陰でガソリンが値上がりしそうで今後心配になったので何となくいつもより早めの補給になった。
その後は数独で12時まで、それから前半の日記付けをする。 昼食はうどん、昨日孫たちの為に多美子が準備していたのだが結局食べてもらえなくてそれの処理のためだが充分においしかった。 昼食後は夕方まで何も予定ないのでコタツに入って数独ばかりしていた。近所の高齢の方が亡くなって6時から通夜があるというので出かける。それが終って帰宅したのが7時頃でそれから夕食。
茨城に帰る要、元気でね

今朝起きた時の気温は13度で驚いた、こんなに暖かい朝は久しぶりでその後はずっと曇り空で風も強くそれほど暖かくは感じなかったが1月で最高気温15度というのはやはり異常気温で3月並み。





4日の夕焼け



  随筆名言集より

“女性の魅力というものは、ただ優しげで、情感がこぼれるようで、というだけのものではないので、女のひとのカリッとしたしんの強さが何ともいえず男の気持ちを惹きつける、という場合もあるのです。”
           五木 寛之(1932~ 小説家・随筆家)



2020年1月6日月曜日

晋一、徹の家族

     令和 2年  1月6日 月曜日


晋一家族3人だけ

曇り後小雨 最高気温:11℃
散歩:28分 酒:〇 体調:△
7時起床、睡眠時間は8時間、寝起きの気分はまずまず。散歩でのランニングは今日も400mが限界。 朝食、コーヒーの後は適当に、10時過ぎて徹君たちは篠栗の南蔵院にお参りに行くといって出かけて行って静かになったところでPCを開いて昨日の日記の修正をする。
昼食は昨晩の鍋の残りとおでんの残りといった残り物を処分のためもあってそれらを食べる、残り物といっても美味しいからつい食べすぎてしまう。

徹家族3人だけ
その後は物置の整理で1時間ほど、発泡スチロールの箱が溜まって邪魔になるので小さく砕いて資源ごみ袋につめる、ガラス瓶と缶類をそれぞれ分けてこれも資源ごみ袋に。 落ち着いたところでコタツに入って数独、そのうちに眠くなり1時間ほど昼寝を。
徹君たちはいよいよ茨城に帰る時が来て5時前に家を出て空港まで送る。



これで今年の新年の家族の行事は終った、毎年のことながらこの日で多美子はぐったりと尽き果てたようになるが、この後がまた大変で洗濯物と布団の後片付けが。
ご苦労さんです。



  随筆名言集より

“人間の優しさや、楽天性の通らない社会はどこかに大きな病巣を抱えているものだ。人間の犯す罪の中でもっとも大きな罪は、人が人の優しさや楽天性を土足で踏みにじるということだろう。”    
         灰谷 健次郎(1934~2006 児童文学者)


2020年1月5日日曜日

昨日の徹君44歳誕生日祝い

     令和 2年  1月5日 日曜日


徹君44歳誕生祝い

晴れ  最高気温:12℃
散歩:28分 酒:〇 体調:△

7時起床、睡眠時間は8時間、寝起きの気分はまずまず。 散歩でのランニングは400mが限界、やはり何故か睡眠充分の時には走れない。 
朝食、コーヒーの後は両家族の賑わいで居所がなく仕方なくベッドに横になって数独を11時までする。
亜紀たちがお昼ごろには出るというので帰り支度を見守る、そして11時45分に彼らは帰っていった。
茨城の徹君たち3人は明日帰る予定。
それから前半の日記をつける。
今日の朝食と昼食は昨晩の夕食の残りのお寿司を食べる、結構沢山残っていて生ものなので早めに処分でお腹一杯、二日続けて美味しいお寿司を堪能することが出来た。
その後は2時過ぎまで読書、それからトライアルに夕食の材料の買物に行く。
 その後は数独1時間ほど、そしてテレビを5時まで、そして最後のPC作業開始。

今日の夕食は徹君家族と最後の晩餐会だがあいにく
徹君は風邪気味なので心配。



  随筆名言集より

“子供たちの欲する画題は極めて簡潔である。而して真実だ。而して凡てが彼等の生活に昵近(じっきん)な而も粗野な生物ばかりである。而して凡てが彼等のみづみづしい愛の対称たらぬものはない。”
        北原 白秋(1885~1942 詩人、歌人)


2020年1月4日土曜日

元日の三郡山

     令和 2年  1月4日 土曜日


元日の三郡山
晴れ  最高気温:12℃
散歩:28分 酒:〇 体調:△

7時50分起床、睡眠時間は7時間半、寝起きの気分はまずまず。散歩でのランニングはなんとか頑張って700m。
朝食、コーヒーの後しばらく数独をして、そのうちに亜紀たち3人は呼子に行くといって出かけていって静かになったところで昨夜はばたばたしていて風呂に入れなかったので風呂に入ることに、頭も洗って髭もそりさっぱりする。(昨夜は亜紀たちが着いたのは8時近くになっていた。)
それでもう12時半になり多美子に来た年賀はがきでこちらから出していない人だったのでプリントして出せるようにする、それから自分の前半の日記付けをする。そして昼食、うどんを茹でて食べる、何だか久しぶりのうどんでお昼にはやっぱりこれが一番。
昼食後は何となくきついのでベッドに横になってテレビを見ていたら寝てしまった、4時頃浮羽から徹君たち3人がお父さんに送られて帰ってきた。5時過ぎ最終PC作業開始。

6時からは大分と茨城の両家族が一緒の我が家の新年会が始まる。今年は朋子、佳帆、太郎、陸生の4名が居ないのはいささか寂しいが、これから先も全員揃うのは難しくなりそうだ。




  随筆名言集より

“多くの場合、不安の強い人ほど欲が深いといえる。”
        小此木 啓吾(1930~2003 精神分析家)




2020年1月3日金曜日

宇美八幡宮初詣

     令和 2年  1月3日 金曜日

宇美八幡宮

曇り後晴れ 最高気温:11℃
散歩:30分 酒:〇 体調:△
7時50分起床、睡眠時間は7時間半、寝起きの気分はまずまず。散歩でのランニングは400mあたりでダウン。昨日の山で転倒して胸とお尻に痛みがあったのが今朝はかなり治まっている、階段の上り下りには少し痛むがなんとか普通に出来るようになっている、これなら心配はない。安元先生から昨日の帰りにシップ薬をいただいていてそれを貼っていたのが効いたようだ。
朝食、コーヒーの後しばらくしてから宇美八幡宮に初詣に出かけたがお宮の前まで来て参拝客の行列の多さに驚いて引き返してきた、車の渋滞と同じで人の行列に並ぶのも苦手だ。今日の夕方か明日以降に行くことにする。
帰宅後PCを開いて色々するが何をしてもスムースに行かない、どうも頭がおかしくなっているような感じで心配。前半の日記付けだけはどうにか終了。
1時過ぎて昼食でお雑煮を食べる。


昼食後はまたPCに向かい色々、メールをしたり調べ事等で4時まで。それから再び宇美八幡宮にお参りに行く。朝よりも参拝客は少なかったがそれでもお賽銭箱の前まで行くのに15分並ばなければならなかった。 5時過ぎて最後のPC作業をする。
今日は大分から亜紀たち家族3人が来る予定なのだが5時半になろうというのにまだ来ない、太郎と陸生は学校の関係でこのお正月には来ない。

玄関前の松竹梅


  随筆名言集より

“ほんとうの商人は物品を売るといっても、単なる物質を売っているのではありません。物に真心をこめて売っているのです。その人心を物と一つにして売っているのです。”
  平田 精耕(1924~2008 禅僧、元臨済宗天龍寺派管長・天龍寺住職)


2020年1月2日木曜日

古処山登山

     令和 2年  1月2日 木曜日


安元先生の孫たち、正確な時間は10:03

曇り後晴れ 最高気温:11℃
散歩:2時間 酒:〇 体調:△
 
6時半起床、睡眠時間は7時間。寝起きの気分はまずまず。今日は安元先生と古処山に登る約束をしていて朝の散歩は時間の余裕もなくて中止、いつもより早めの朝食を済ませてから8時過ぎに家を出る。お正月の初詣に毎年のことながら大宰府周辺の道路は混む、やはり水城あたりから車は動かなくなってやむなく脇道に入り込んで適当に回り道をしていたら間もなく思いがけなくも偶然通りたい道に出た、お陰で予想していたよりも早く先生のところに着いた。
頂上間近のお地蔵さん


先生のお孫さんお二人も一緒に行く予定になっていて予定通り9時に出発できた。お孫さん二人ともそれぞれ別に今まで3回一緒に山歩きはしている、中学生と小学生の素敵な子供たちだ。   古処山は秋月にありスタート地点まで1時間ほどで到着して歩き出す、体力的に余裕が無くて今日は4合目あたりの駐車場まで行きそこからの出発になった。そこからだと頂上まで1時間ほどで着く、11時に着いて昼食には早すぎるし頂上は風も強く寒いのでスタート地点に戻ってからお昼にしようということですぐに下りることに。

途中で足を滑らして仰向けにひっくり返ってしまい烈しく腰を打ちつけた模様でしばらく起き上がれなかった。駐車場まで後20分くらいの地点、あとはゆっくりと、腰じゃなくてお尻だったようでそれだけは良かったが何故か左の肋骨が力が入るたびにひどく痛むので慎重に時間をかけて下りる。
駐車場付近に絶好の場所があり、そこでゆっくりと昼食タイム、先生が全員の分を手作りで準備してくれていて大変美味しかった、孫たちも満足した様子。
食後すぐに二日市に向かってスタートしてやはり1時間ほどで戻ることが出来た。 その後が大変で自分の家に到着するまでが、朝よりも大宰府に向かう車が多くなっていてそのお陰で渋滞がひどくて1時間ほどかかってしまった。今年は令和のお陰で坂本八幡宮に行く参拝客も増えたので例年より渋滞は酷いのじゃないかと思われる。 帰宅して後片付けが終り撮ってきた写真の整理とそれまでの日記付けで4時近くまで、その後はお尻も痛いし疲れもありで少しベッドで休憩を。結局その後1時間半ほど寝てしまい5時45分から最終のPC作業をする。   
これは頂上付近にある


  随筆名言集より

“憎しみの感情が色恋沙汰にとどまってゐるうちは、世の中太平であって詩も生まれる。”
          阿川 弘之(1920~2015 小説家)



2020年1月1日水曜日

宝満山の夜明けの空模様

     令和 2年  1月1日 水曜日 元旦

晴れ 最高気温:8℃
散歩:32分+1時間
酒:〇 体調:△
 
5時半ごろ、元旦の朝ということで日の出前の空模様を撮影したいと思っていたので少し早めに目が覚めてしまった、撮影は2階の自分の寝室のベランダから6時半頃から始めて7時まで、
それから下に下りる、睡眠時間は6時間。寝起きの気分はまずまず。

散歩でもカメラを持って所々で撮影しながら、ランニングは400mくらいしか出来なかった。   朝食、コーヒーの後は雑用色々してからPCを開いて撮影した写真を取り込んで整理する、それでもう12時になってしまった、そこで一応前半の日記付けをする。
昼食ではお雑煮を食べる、そのとき元旦ということで数の子を肴で日本酒を飲む。
昼食後酔い覚ましのつもりで我が家をスタートに散歩に出かける、1時間ほど適当に歩き回って酔いも醒めたようでその後ベッドに横になってテレビを見ていたらそのうちに寝てしまい1時間ほど寝たようだった。
5時半頃から最後のPC作業開始。

今朝7時の気温は1度だった、今冬一番の冷え込みで日中は気温はそれほど上がらなかったが天気も良く暖かい日差しで南側の部屋は暖かく気持ちよかった。





  随筆名言集より

 “どうやら、人間というものは、苦痛が日常化すると、それに耐える力がつくようである。耐える力がつかなければ、生きていけないようである。“

          生島 治郎(1933~2003 小説家)