2019年9月7日土曜日

ゲンノショウコ 2

      令和 元年  9月7日 土曜日


曇り  最高気温:29度
散歩:29分 体調: 酒:〇

夜中に一度も目が覚めることなく7時過ぎに起床、睡眠時間は8時間、今までの例でいえばこういう時はあまり体調は良いことない。 
寝起きの気分はまずまずというか? 散歩では歩き始めから何となくすっきりしなくてランニングでも何とか頑張っても600mで尽きた。 
朝食、コーヒーの後は読書を12時過ぎまで、12時半から昼食で、冷凍のイナリ寿司を解凍して、それとバナナ1本、オニオンスープでこれもいつもとはちょっと違う。普通昼食では米の飯類は食べないのだが多美子が冷凍のイナリ寿司を沢山買っていて冷凍庫の場所を占領しているのでその処理のため二,三日続きそうだ。

いつもなら昼食前後には午前中の記録をするのだが今日はそのことを完全に忘れていて昼食後はまた読書と、数独に少し夢中になり2時間ほどやってから数学問題で頭を冷やす、それで5時過ぎて最後のPC作業開始。
やはり今日は何となく調子はおかしい、どこがどうの、とかさっぱりわからない、ひょっとしたら寝すぎたせいかもしれない。





  随筆名言集より 
 
 “核兵器にどのような意味があるかというと、第三次大戦を抑止するという、それだけの意味しかない。 つまり核兵器とは、まず兵器であるよりも以前に政治そのものなのである。”       鮎川 信夫(詩人)

だから安倍首相が先の核兵器禁止条約に参加しなかったのはその辺、いろいろ複雑な政治的な事情があったのだろう。 ほんとに政治ってのは難しすぎて嫌なものだ。

2019年9月6日金曜日

孫の陸生君

      令和 元年  9月6日 金曜日


晴れ後曇り  最高気温:32度
散歩:29分 体調: 酒:〇

6時前にトイレをもよおして起きる、その後6時半起床、睡眠時間は7時間足らず。 
寝起きの気分はまずまず、散歩でのランニングは300mあたりから止めようかと思いながらもなんとか700m走りきることができた。 朝食、コーヒーの後は読書を12時まで、庭に出て雑草を少し片づけてから昼食、陸生との最後の食事で多美子が用意してくれた料理を3人そろって食べる。 陸生は1時41分発のバスで博多駅まで、博多駅バスセンターからは大分行きの高速バスで帰って行った。 陸生のその後は1週間ほど実家にいてそれから東京の太朗の所で二日泊まってから北海道へ戻る予定だとか、次は一応年末には帰ってくるつもりなようだがアルバイトの都合ではっきりしないとも言っていた。

陸生を送り出してからPC作業開始、その後トライアルに買い物に行く、黒ニンニク用のニンニクを買ってきたので電気釜に入るだけ詰め込んで保温のスイッチを入れる、これでこのままほったらかしで2週間後に黒ニンニクが出来上がる、日数はかかるが手間はかからない。
その後少々読書をしているうちに眠くなって横になるが寝付けないまま1時間近く横になっていただけだがそれでも何となくすっきりする。5時過ぎて最後のPC作業開始。






2019年9月5日木曜日

ヤマゴボウの花と実

      令和 元年  9月5日 木曜日


晴れ時々曇り 最高気温:31度
散歩:31分 体調: 酒:〇

珍しく夜中一度も起きることなく7時50分起床、睡眠時間は8時間以上。 
昨夜はアルコール抜きの夕食で帰宅後飲んだので寝る時もまだ少し身体にアルコールが残っていたせいでよく眠れたのだろうか、寝起きの気分はまずまず、散歩でのランニングはなぜか400mでダウンしてしまった。
朝食、コーヒーの後は読書を12時まで、それから栗拾いに行く、早生はどうやらもう終わりのようで二日分で1kgちょっと、この後遅れて熟し始める種類の栗が例年より早く落ち始めた、例年だと早生が終わったあと4,5日して落ち始めるのだが。 
帰宅後陸生と二人で昼食、多美子から言われていた冷凍のパスタとミニ肉まんをレンジで解凍して食べる、昼食後台所の流しを片付けてから思いついて無くなったばかりの玉ねぎと生姜の蜂蜜酢漬けを作る、それからPCを開いてそれまでの記録をする、再び読書、数独、数学問題で5時過ぎまで、そして最後のPC作業開始。



この2,3日前から天気は回復してそれに合わせて気温も再び上がりだした、今日はとうとう真夏並みの暑さになりちょっと体を動かすたびに汗を掻く次第。
とにかくこの暑さも23日のお彼岸までと思って間違いない。




  随筆名言集より  
 “テレビなんかで、一日の番組の終わりで、画面一杯に、日の丸の旗が動くのを見、君が代が伴奏されるのを聞くと、いやな気がする。 「逆コース」に対する憤慨なんて高尚な感情ではない。 何とも言えないみじめな気持に誘われるのだ。
                  大岡 昇平

ずいぶん昔、そうでもない? 何時のころだったかとにかく自分もその画面は記憶にある。たしかに何となく荘厳さを感じてはいた反面、あまりいい感じがしなかったのは確かだ。 日本国民の大多数はあれを見て同じように感じていたはずなのだが。 
あの頃のNHKの会長さんは誰だったのかなあ。



2019年9月4日水曜日

ゲンノショウコ

      令和 元年  9月4日 水曜日



晴れ時々曇り  最高気温:30度
散歩:28分  体調: 酒:〇

夜中2時半ごろ一度トイレに行きたくなり目が覚める、8時起床、睡眠時間は7時間半。 昨夜は久しぶりに寝るのが遅くなって12時過ぎていた、寝起きの気分はまずまず、散歩でのランニングは700m走れた。 朝食、コーヒーの後は読書を12時まで、それから午前中のPC作業をする。
 昼食はバナナと冷凍庫の整理のため冷凍のホットケーキ、それに冷蔵庫の整理のためカステラでお腹一杯に、昼食後は読書、数独、数学問題で3時半まで。
今日は北海道の北見工業大学に行っている孫の陸生が北海道から帰ってくるついでに我が家に2泊する予定でやってくる、そのお迎えに多美子と一緒に福岡空港まで行く。5時過ぎにわれらの前に姿を現した陸生君は立派な青年になっている、うれしかった。それから3人で夕食を食べに志免町の焼肉屋さんへ行く、家族で焼肉屋さんとか20年ぶりくらいじゃないだろうか、注文の仕方もよくわからない、全くの田舎もんになり果てたよう、でも皆お腹いっぱいに満足して家に帰ってくる。
それから最後のPC作業開始。




2019年9月3日火曜日

ノカンゾウ

      令和 元年  9月3日 火曜日


晴れ時々曇り 最高気温:30度
散歩:28分 体調: 酒:〇

今朝は6時前にトイレで目が覚めて6時半起床、睡眠時間は7時間。 寝起きの気分はまずまず、今朝の血圧はいつもより高めだったせいなのか散歩でのランニングはちょっときつかったがそれでも何とか700m走れた。 
朝食、コーヒーの後多美子をシーズ宇美まで送ってからガソリン補給して栗拾いに行く、昨日は行っていないので二日分の収穫は3kg以上あった。 


そのあと昼食まで読書、昼食は今日もオカラパンとバナナ、カステラでお腹一杯に、昼食後は昨日と同じく読書1時間ほど後ベッドに横になり昼寝を一時間ほどする。
4時に終わる習字教室の多美子を迎えに行ってから早めの最後のPC作業をする。





今日の夜は香椎のライブハウス・エリックに行く予定。  
ここでは毎月第13火曜日に川上さんを中心にジャムセッションが行われていたのだが、先日川上さんが亡くなられたのでそのお別れ会があるので参加する。



                        早めの日記記帳  17:20


2019年9月2日月曜日

ツユクサ

      令和 元年  9月2日 月曜日


雨後曇り  最高気温:26度  
散歩:なし 体調: 酒:〇

今朝も4時半ごろから何となく目が覚めてとりあえずトイレを済ませた後寝たのかよくわからないままウトウトと、6時半起床、睡眠時間は7時間? 寝起きの気分はまずまず、天気も良くなかったが、今日は出かけなければならないので時間の余裕もなく散歩は中止。 
いつもより少し早く朝食を済ませてとりあえずコーヒーを飲んでから8時半に家を出る。 10時からの川上さんの葬儀が香椎の葬儀場であるので参加、当然ながらミュージシャンとライブハウスの関係者など音楽関係者が半数以上と思えるほど懐かしい顔ぶれに久しぶりに会えた。
先の7月13日に80歳の誕生記念のジャズライブを終えたばかりなのにその後疲れからか肺炎を患って入院1か月ほどで亡くなられた。
葬儀から帰宅したのは12時前、葬儀場で香椎のライブハウスの森本さんから諸井さんが椎間板ヘルニアで入院しているという話を聞いて驚いたのですぐにPCを開いてお見舞いのメールを送る。 
昼食はオカラパンとか他色々残り物でおなか一杯に、昼食後は読書1時間ほど後きつくなってベッドに横になるが、昼寝をするほど眠くもならず1時間ほどそのままテレビを見て起きだす。  5時過ぎて最後のPC作業開始。

この青い小さな花が好きで見かけるとすぐにカメラを向けてしまう、
今テレビのドラマでこの花を別名”蛍草”と言っている。



  随筆名言集より 
 
 “西郷隆盛の死、薩軍の滅亡は当時における最大の事件であったから、それに対する人心の動きが西郷星の伝説を産んだものと見てよかろう。 彗星は由来多くの妖言を伴ふ。”     柴田 宵曲(しばた しょうきょく)1897~1966 俳人

己の信念を貫き通して、戦って死んでいった西郷隆盛という政治家はやはりその当時から一般庶民のヒーローであったのでしょう。



2019年9月1日日曜日

待宵草

      令和 元年  9月1日 日曜日


雨後曇り  最高気温:24度
散歩:28分 体調: 酒:〇

6時前から雨どいから落ちる激しい水の音で目が覚めて6時半にトイレを我慢できなくなって起床、睡眠時間は7時間。 
寝起きの気分はまずまず、ちょうど起きたころに雨は上がっていて散歩に出る、今日も問題なくランニングは700mできた。 
朝食、コーヒーの後はまた雨が降り出してとりあえず読書を始めるが、そのうちにお昼には何を食べるか考えるうちに思いついてオカラパンを作ることに。
前回作った時のオカラパウダーが半分残っていたのでそれに片栗粉を混ぜて作る、ちょっといい加減に作り水を入れすぎたおかげで、ベーキングパウダーを入れたにもかかわらずべたっとした出来上がりになってしまったが味はまあまあのようだ。

その後また読書を始めて12時になって午前中のまとめの記録をする。 昼食で食べるバナナとワカメがないのと納豆もなくなったのでトライアルに買い物に行く、帰宅後すぐに昼食でオカラパンは美味しかった。そのあと読書、数学問題をした後眠くなって昼寝を1時間、起きてすぐに栗拾いに行き2kgほどの収穫あり。
5時半から最後のPC作業開始する。



   突然の川上さんの訃報 
 昨夜の夕食後、川上さんのことを偲びながら昨日の日記に書き洩らしたことを書いた。

今日8月31日、五郎ちゃんから川上さんの突然の訃報を知らされた。
今日の昼の昭和の森を歩きながら色々考えていたことで、これからの自分の生き方に川上さんを頼りにしている部分があった。
香椎のライブハウス・エリックでの月2回の川上さんを中心にしたジャムセッションがある。 久しく参加していなかったのだが、やはりこれからはまたそれに参加することでこれからの生きる上でのひとつの目標ができるのではないかと、もちろん川上さんと一緒にプレイすることが必要条件での話で川上さん抜きではありえない。
それがもうやりたくてもできなくなったのだ。 これでもうこれから自分はジャズをプレイ、というかピアノでジャズをひくことはなくなったということになるだろう、というよりもうピアノを弾く機会がなくなったということになるかもしれない。 
それほど川上さんの存在は自分にとっては大きかったのだ。
今日一日の出来事での自分のこれからの生き方の変化、明日からまた新たに何か目標を考えなくてはならなくなった。